2015-04-07

糧 について


4月に入り、会期が現実味を増し、迫る。
あらためて制作出来る日にちを指折り数える。
決して余裕も自信があるわけでもないけれど
じりじり進むしかない事を知ってか、の
不思議な落ち着き。


DMの入稿を前に、今回関わる皆と連絡を取り合っていたメール中に
ギャラリーの小峰さんがこんな一文を書いて下さった。

ひとは、糧を求めて何かをつくろうとした。
そこにある自然からの恵みをいただき
生きていく糧をもとめて、創るのでしょう。
私は、そんな思いの展示ととらえております。


糧、という言葉周辺に漂う景色や想像世界が
今の自分にとって気持ちが良いような感じがして
その中に身を置いていたい
そんな場を作りたい
という発進からの今回。

他の方からの解釈に感心しつつ、興味深く頷く。




自身の制作スタイルは
『無』から『有』を創り出す
というのではなく
『有』からまた『有』を創る
のだと思う。

もともとそこに存在している素材(:有)には
多分に影響されるところがあり
毎回、対面する物質の様には右往左往させられる。
けれど、その様子に手を添えるように自己実現していく過程は
豊かなまどろみのなかにいるような
悲観的でない諦観と共存して生きていくような
広く平和な世界がある。

『有』から『有』を創る、という感覚は
モノづくり系の事のみならず
人間が食べるものや生活観についても、共通部分があるような気がして
今回、菓子・製パンに携わる竹内さんに協力を仰いだのだった。
彼女の制作スタイルも
自身の内部に通づる、根源的な興味に則した部分があり
ただ、『食べる物が作れます』
ということだけではない事を、強調したいと思う。




自身の置かれた状況で、ひたむきに何かに取り組み生きていく人 の姿が
今のじぶんには、とても愛おしい。


在る物を『糧』と思えるのであれば
歩みは、遅々としつつも充実したものであるのではないか。

そんなことをぼんやり考えている。